子供との遊びもトレーニングにできる
遊びの時間は無駄──?
そう考えている人は意外と多い。子供に付き合って身体を動かしても、ただ疲れるだけ。仕事や本格的な運動とは違い、「鍛える」という感覚には繋がりにくい。しかし実際には、子供との遊びの中には、心身を整え鍛える要素が数多く含まれている。しかも、それはジムやスポーツのような「義務感のある訓練」とは違い、楽しみながら自然に積み重ねられるという大きな利点がある。
例えば、子供とバドミントンをするとする。普通にやれば、つい利き手ばかりを使ってしまう。しかしそこであえて非利き手を使ってみる。最初はまともに当たらず、思うように動かないだろう。だが、その「不自由さ」こそが重要であり、丁度良いハンデにもなる。人は慣れた動きばかり繰り返していると、身体の使い方が偏っていく。利き手ばかり強くなり、姿勢や重心も固定化される。しかし非利き手を使うことで、普段眠っている神経や感覚が刺激される。左右差への気づきも生まれ、身体全体の連動性が高まりやすくなる。
これは単なる筋トレではない。脳と身体の再教育に近い。大人になるほど、人は効率ばかりを求め、慣れた動きしかしなくなる。しかし子供と遊ぶ場では、その固定化を崩しやすい。ボール遊びでも鬼ごっこでも、予測不能な動きが多く、自然と反応力や空間認識も鍛えられる。しかも、勝敗や記録への執着が薄いため、力みにくい。ここに大きな意味がある。
本来、人間の身体能力は「楽しく動いていた時」に最も自然に発達しやすい。子供はその典型だ。無駄に見える動きを繰り返し、転び、試し、失敗しながら、全身の使い方を学んでいく。しかし大人になると、その過程を忘れてしまう。効率や成果ばかりを求め、「役に立つ動き」しかやらなくなる。その結果、動きはどこか硬く、不自然になっていく。
だからこそ、子供との遊びは貴重なのである。そこには「遊びながら学ぶ」という、人間本来の成長の形が残っている。しかも、子供は予測通りに動いてくれない。こちらの思惑を簡単に崩してくる。だからこそ、大人側の柔軟性や対応力も試される。これは武術的に見ても非常に重要な訓練である。決められた動きを繰り返すだけでは、本当の対応力は育ちにくいからだ。
さらに、遊びの中では「楽しさ」がある。この楽しさは軽視できない。苦痛だけで積み重ねた訓練は長続きしにくく、どこかで心が摩耗する。しかし遊びの延長で身体を動かしていると、継続しやすい。気づけば運動量も増え、心も軽くなる。子供に付き合っているつもりが、実際には自分自身の心身も整えられているのである。
もちろん、無理に「トレーニング化」しすぎる必要はない。重要なのは、少し視点を変えることだ。非利き手を使ってみる。普段と逆回りで動いてみる。片足立ちを混ぜてみる。姿勢や呼吸を意識してみる。その程度でも十分意味がある。日常の遊びは、工夫次第でいくらでも深い訓練へと変わっていく。
子供との時間を、ただ消費するだけで終わらせるのはもったいない。その時間は、親子の交流であると同時に、自分自身を整え直す機会にもなり得る。遊びとは、本来「成長」の原型なのである。
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