誰とでも戦える心技体を得て、死ぬまで保つ

これが私の願い。

単に喧嘩が強くなるとか、武術的な勝敗を追求するという意味ではない。自分の人生に対して主体的に立ち続ける覚悟に過ぎない。年齢や環境の変化に左右されず、心が折れず、身体が衰えすぎず、技術や知恵が錆びつかない状態を維持すること。それはある種の「生き方の道」であり、日々の積み重ねによってしか実現できないだろう。

まず重要なのは「心」である。どれほど体力や技術があっても、心が逃げてしまえば力は発揮されない。恐怖そのものが悪いわけではないが、恐怖に飲み込まれる状態は避けたい。心を整えるとは、無理に強がることではなく、現実を冷静に受け止め、自分の状態を正確に把握できることだ。怒りや不安、焦りに振り回されず、必要な時に集中できる静けさを持つことが、本当の意味での強さにつながる。

次に「技」。ここでいう技は、武術の技術だけに限らない。状況判断力、人との間合いの取り方、言葉の使い方、さらには生活力や知識も含まれる。技は一度身につけても使わなければ鈍る。だからこそ、日常の中で繰り返し磨くことが重要になる。大げさな修行だけでなく、普段の姿勢、歩き方、呼吸、思考の整理など、細部の積み重ねが技の維持に直結する。

そして「体」である。身体は正直で、扱い方がそのまま状態に表れる。無理な鍛錬だけでは長続きしないし、かといって放置すれば確実に衰える。大切なのは、壊さず、しかし甘やかしすぎないバランスだろう。適度な運動、休養、食事、呼吸。地味ではあるが、こうした基本が結局は最も強固な土台になる。歳を重ねても動ける身体を維持することは、精神の安定にも大きく寄与する。

この三つを統合した状態が、「誰とでも戦える」という言葉の本質だ。それは他人を打ち負かす準備というより、いつどこの誰が来てもありのままの自分で立ち合う準備だ。理不尽な出来事、人間関係の摩擦、社会の変化、加齢による衰え──人生には多様な“戦い”がある。そのすべてにおいて、心技体のバランスが崩れていなければ、大きく取り乱すことは少なくなる。

また、「死ぬまで保つ」という視点は非常に現実的だ。若い頃だけ強くても意味がないし、短期間だけ頑張っても持続しなければ価値は無くなっていく。長く続けるには、無理をしない設計が不可欠だ。過剰な負荷よりも、継続可能な習慣を選ぶこと。完璧を目指すより、崩れても戻れる柔軟性を持つこと。そのほうが結果として長期的な強さになる。

さらに、この考え方は他者との関係性にも影響する。自分に余裕があれば、不必要な争いは避けられるし、必要な場面では毅然と対応できる。本当に戦える人ほど、むやみに戦わないというのはよく言われることだが、それは単なる理想論ではなく、実際に心技体のバランスが取れている人の自然な振る舞いなのだと思う。

結局のところ、「誰とでも戦える心技体を得て、死ぬまで保つ」とは、特別な英雄を目指す話ではなく、自分の人生を最後まで主体的に生きるという宣言に近い。日々の鍛錬、生活の整え方、物事への向き合い方。そのすべてが積み重なり、揺るぎない己を創る。そしてこの細やかな誇りこそが、人生という長い旅を静かに、しかし力強く歩き抜く支えになると信じている。

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