最高に純度の高い世界
武術の世界こそ、まさにそれだ。二人の武術家が向かい合った瞬間、そこには年齢、性別、社会的地位や肩書きも関係なくなる。ただ純粋に、今その瞬間の、互いの心技体のみが問われる空間が生まれる。
武術の稽古において、我々は常に相手と一人の人間として向き合う。会社組織のような上下関係や複雑な人間関係は存在せず、あるのは互いの練度を洞察し合う武術家としての関係性だけだ。この純粋さこそが、武術の魅力の一つといえるだろう。
「将棋は気持ちのいい世界でしてね。」と先崎学(せんざき・まなぶ)九段は語ったという。「棋士同士は会社で言う上司や同僚とは違う。常に盤を挟んで一対一で勝負する。こんな純度の高い世界は滅多にないですよ」(月刊『致知』2025年4月号より)
武術においては、身体一つで一対一の勝負をする。将棋以上に、つまり究極レベルに純度の高い世界なわけだ。武術の真剣勝負においては、技の優劣だけでなく、その人の内面も露わになる。緊張の瞬間に見せる表情、プレッシャーの中での判断力、敗北を受け入れる姿勢など、武術の場では人間の本質が如実に現れる。だからこそ、武術は単なる身体技法の習得だけでなく、人格形成の道でもあるといえる。
何千年もの歴史を持つ武術の世界では、技と精神性が一体となって受け継がれてきた。その伝統の中で鍛錬を積み重ねることで、我々は自己を見つめ、高めていく。武術の稽古は、己の弱さとの闘いでもある。
特に道家武術のような内面の鍛錬を重視する武術では、自分自身と向き合う時間が多く設けられている。站樁(タントウ:立禅)のような静止した姿勢を長時間保つ修練は、外見的には単調に見えるかもしれないが、その静寂の中で心と身体の深い対話が行われる。
生身の人間同士の真剣勝負において、我々は相手の呼吸、意図、エネルギーの流れを感じ取る。これは言葉では表現しきれない深い交流であり、武術の世界でしか体験できない特別なものが、そこにはある。
武術の修行を通じて得られる気づきや成長は、日常生活にも自ずと影響を及ぼす。集中力、忍耐力、決断力など、武術で培われる資質は人生のあらゆる側面で役立つものだ。
私が制心道という武術(自衛)瞑想を創始したのも、この純度の高い武術の世界で得た学びや感動を、より多くの人々に伝えたいという思いからだった。武術を通じて、人は本来の自分自身に立ち還り、真の強さとは何かを学ぶことができる。
武術の世界はシンプルでありながら深遠であり、厳しくも美しい。そこには飾り気のない真実があり、我々はその純度の高い環境の中で、生涯に亘り自己を磨き続けるのみである。
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著作物紹介:
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(武術気功健康教室|大阪府四條畷市)