少し動くだけで気分が良くなる身体
運動は好き?嫌い?
多くの人は、運動を「才能」や「努力」「能力」と結びつけて考える。運動は疲れるものだと思っているし、動けば汗をかき、息が上がり、体力を削るものだと感じている。だから身体を動かすことが億劫になる。動かない生活が続くと、さらに身体は重くなり、ますます動くことが面倒になる。
しかし本来、人の身体は動くことで快感を得られるようにできている。立つこと、歩くこと、腕を上げること、姿勢を変えること。そうした何気ない動作の中に、軽さや心地よさを感じる感覚も備わっているのだ。
その感覚を取り戻す鍵になるのが「制心力」である。
制心力とは、力で身体を動かす能力ではない。自分の心身を静かに統合し、無理や無駄を取り除く制禦能力である。余計な緊張を抑え、必要なところだけが、必要なだけ働く状態をつくることで、身体の動きは驚くほど滑らかになる。
多くの人の身体には、実は多くの「無駄な力」が混ざっている。肩を上げなくてもいい場面で肩に力が入り、必要以上に脚を踏ん張り、呼吸まで浅くなっている。そうした小さな緊張が積み重なることで、動きは重くなり、疲れやすくなる。
制心力が高まると、そうした余分な力が自然と抜けていく。身体は必要な分だけ働き、立っていても不要なところは静かに休むようになる。すると動きは驚くほど軽くなる。歩くことが楽になり、立っていることが安定し、身体の移動が滑らかになる。
そして興味深いことに、この状態になると、身体を動かすこと自体が快感に変わっていく。
足を踏み出す感覚が気持ちいい。身体が前へ進む流れが心地いい。腕を動かすだけでも、身体の中をエネルギーが流れるような感覚がある。無理なく動ける身体は、それだけで小さな喜びを生み出す装置になる。
これは特別な能力ではない。むしろ、人の身体が本来持っている感覚が戻ってきた状態と言える。子どもが走り回ることを楽しいと感じるのも、余計な力がなく、動きそのものが快感だからだ。
制心力を身につけるということは、その感覚を大人の身体で取り戻すことでもある。
身体が重いと、動くことは義務になる。運動は「やらなければならないもの」になる。しかし身体が滑らかに動くようになると、動くことは喜びに変わる。特別なトレーニングをしなくても、歩くことや姿勢を変えることだけで中心が整い、気持ちが満たされる。
やがて、日常のすべての動きが変わってくる。椅子から立つ動作。階段を上る動き。物を取るときの身体の使い方。そうした一つひとつの動きが、静かな快感を伴うようになる。
それは派手な興奮ではない。身体が自然に働いているときに生まれる、深く穏やかな快感である。
そしてその身体は、無理や無駄が少ないため疲れにくい。必要以上に消耗しないため、日常生活の中でもエネルギーが残りやすい。動けば動くほど整い、整うほど動くことが気持ちよくなる。
この循環が生まれると、身体を動かすことは努力ではなくなる。むしろ動かないことの方が不自然に感じられるようになる。
制心力とは、ただ動きを上手くする技術ではない。身体の動きそのものを喜びに変えてしまう力である。
もしこの力が身につけば、人生の中で行う無数の動作が、すべて小さな快感に変わっていく。立つことも、歩くことも、身体を使うことも、すべてが心地よい体験になる。
そんな身体を手に入れることができたなら、人はもう「運動を続ける努力」をする必要はない。動くこと自体が、すでに報酬になっているからだ。
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