不安は飼い慣らして最強の味方にする
不安とは、我々にとって常に「悪」として語られる感情のひとつだ。心をかき乱し、眠りを妨げ、冷静な判断を奪う──多くの人がそう認識している。しかし実のところ、不安はただの敵ではない。不安は、正しく理解し、うまく付き合えば、最強の味方にさえなり得る。
そもそも不安という感情は、生存本能と深く結びついている。太古の昔、猛獣の気配を察知し、不安を感じて身を隠した者が生き延びた。未来のリスクを予測し、それに備える力こそが、人間の進化を支えてきたともいえる。つまり、不安には本来「危機に備えるための知恵」という側面があるのだ。
だが現代では、この本能がしばしば暴走する。実際にはまだ起きていない出来事に怯え、頭の中で最悪のシナリオを繰り返し再生し、自分自身を疲弊させてしまう。ここに、不安が「敵」と見なされる理由がある。だがそれは、飼い慣らされていない不安──暴れ馬のように制御されていない感情だ。
不安を飼い慣らすとは、まずそれを「排除しようとしない」と決めるところから始まる。不安を感じたとき、「こんな感情はいけない」と否定すればするほど、それは逆に膨らみ、こちらを支配しようとする。むしろ不安に「気づく」ことが大切だ。ああ、いま自分は不安を感じているんだな、と。それだけで、不安との距離が一歩あく。距離ができれば、観察できるようになる。
そして観察できるようになった不安に、問いかける。「何がそんなに怖いのか」「何を自分は失うと思っているのか」「この不安が自分に伝えたいことは何か」。すると不安は、漠然とした怪物ではなくなる。明確な輪郭を持った「メッセージ」に変わってくる。
このプロセスを繰り返すうちに、不安は次第に自分の内なるアドバイザーのようになっていく。「準備をしておけ」「今は慎重になれ」「ここは行動を起こすタイミングではない」──そうした声として聞こえるようになってくる。不安が語りかけるのは、たいていの場合、「もっと強くなれ」「もっと注意深くあれ」「よりよくあれ」という願いなのだ。
不安を味方につけた人間は、強い。というより、不安という「情報源」を持ち、それを冷静に受け取り、活かすことができる人間が、真に強いのだ。誰にでも不安は訪れる。問題は、それとどう向き合うかにある。
不安を否定するのではなく、受け容れ、理解し、活かす。不安は飼い慣らすことで、自分の内なる導き手に変わる。そのとき、不安はもはや障害ではない。人生という旅の、信頼できるナビゲーターとなる。
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