武術と格闘スポーツは真逆

2025-12-05 2025-12-05

ssakamoto

武術の基本は、格闘スポーツにおける反則攻撃──急所攻撃を完封することにある。一見すると過激に思えるかもしれないが、これは本来の武術が「生きるか死ぬか」を前提にしていたことを考えれば当たり前の話だ。格闘スポーツでそんなことに血道をあげても、試合に勝つという目的を果たすことはできない。ゆえに格闘スポーツには武術の基本がなく、技術体系そのものが全く異なる。

たとえば、私が指導している武術瞑想では、身体の中枢を守りながら相手の指先を刃物に見立てて受け流す「相対制心（推手）」という稽古を行う。

武術と格闘スポーツは、似ているようで実は根本から目的が違う。どちらも「強さ」を扱う世界だが、その強さが向けられている方向がまったく逆なのだ。格闘スポーツが競技としての勝利を追求するのに対し、武術は勝敗の彼方にある「生き残り」と「調和」を探求する。だから両者は同じリングに立っているように見えて、実際には真逆の思想を持つ。

格闘スポーツはルールに従い、公正で安全な環境の中で技術を競う。反則があり、制限時間があり、階級もあったりする。相手も自分も同じ条件で、決められた舞台で競う。それは人間の肉体と精神の性能を最大限に引き出すためのシステムであり、観客を魅了するためのエンターテインメントでもある。選手は勝つために身体を鍛え、技を磨き、戦略を練る。その強さは「競争の中でより優れている」という証明だ。

一方で、武術が本来相手にするのは競技者ではなく、「いつ、誰が、どんな形で」来るかわからない現実の脅威だ。そこにルールはなく、腕力が強いかどうかだけでも決まらない。目的は勝ち負けではなく、生き延び、守り、無用な争いを避けることにある。だから武術は、相手を倒すことよりも、相手と衝突しないための気配の読み、距離の取り方、身体の使い方、心の落とし方を重視する。力をぶつけるのでなく、そらし、消し、無力化するための技が中心になる。これは勝利を目指す競技とは根本的に異なる思想だ。

格闘スポーツは外に向かう。観客、ルール、ランキング、勝敗。そこで生まれる強さは社会的に共有される。武術は内に向かう。自分の身体、自分の心、自分がどのように世界と接するか。そこで育つ強さは静かで、他者に見せるためのものではない。競うほどに強くなる世界と、競わないほど本質に近づく世界。だから武術と格闘スポーツは同列に比較するものではなく、まさに真逆の道だといえる。

どちらが優れているかという問題ではなく、そもそも目的が違う。それぞれが異なる価値を持ち、異なる形で人を成長させる。もし強さを測りたいなら格闘スポーツが適している。もし強さを深めたいなら武術が適している。似ているようで交わらない二つの道を理解すると、自分が求める強さの質がより鮮明になるだろう。