米中にキン◯マ1個ずつ握られた自決権のない国
日本という国は、果たして本当に「主権国家」と言えるのだろうか。見た目は立派な国旗と国歌を持ち、G7にも名を連ねる経済大国。しかし、その中身をじっくり観察すればするほど、国家としての「自決権」が大きく損なわれている現実が浮かび上がる。
アメリカと中国──この二つの超大国は、地政学的にも経済的にも、日本を左右から挟み込んでいる。アメリカには安全保障という名目で防衛を依存し、在日米軍の存在は既成事実として長年受け入れられてきた。一方、中国は最大の貿易相手国として、経済面で強く結びついている。どちらにも強く出られず、どちらかを怒らせれば国益を損なう。その結果、日本は「二者間のバランス」を取るふりをしながら、実際には両方に遠慮し、自国の意思決定を大きく制約されている。
この状況は例えるなら、米中にそれぞれキン◯マを1個ずつ握られているようなものだ。どちらかが力を入れれば痛い。どちらかに逆らえば潰される。自分で進みたい方向があっても、先にその「圧力」を確認しなければ動けない。これはもはや、主権国家の態を成していない。
外交だけではない。エネルギー政策、通信インフラ、食料安全保障、サイバーセキュリティなど、どの分野をとっても、日本はすでに他国のシステムや影響力の中に深く組み込まれており、「自前で決めて、自前で守る」という国家としての本質を失いつつある。これでは目先のコストは抑えられても、依存し続ける代償の方が高くつく。特に安全保障面では、アメリカの戦略に組み込まれる一方で、中国に睨まれぬよう言葉を選ばねばならない。腰の据わらぬ外交を強いられているのが現状だ。
「独立とは幻想なのか」と言う人もいるかもしれない。しかし、少なくとも国家としての意志を示し、その方向に舵を切ろうとする努力なしに、真の自立は得られない。「どうせ無理」「アメリカなしには守れない」「中国に逆らえば経済が死ぬ」──そうして自ら可能性を潰していくその思考が、もっとも危険だ。
現代の主権とは、単に軍隊を持つことではない。自国の将来を自ら決め、そのために不都合なリスクも受け入れる覚悟があるかどうか、にかかっている。日本が真の意味での独立国家を目指すには、いま握られている「急所」を、どちらの手からも取り戻さねばならない。
米中に喧嘩を売る必要はないが、キ◯タマは離してもらわなければならない。価値観の近い国とは仲良くすれば良い。だが地理的に近くとも価値観の違う国とは付かず離れずでいるべきで、擦り寄るのは危険だ。地理的距離よりも理念的距離の方が外交の安定性に寄与するからである。
痛みなくして、解放なし。そこからしか、自主独立は始まらない。
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