根性のなさが合理性を伸ばしてくれた

私は昔から、いわゆる「根性がある人間」ではない。苦しさを気合で乗り越えるとか、限界まで自分を追い込むとか、そういう美談にあまり共感できなかった。できないものはできないし、しんどいものはしんどい。無理をすれば続かないし、続かないものは結局身につかない。そんな感覚を、どこかでずっと持っていた。

だからこそ、私は早い段階で「どうすれば楽にできるか」「どうすれば無駄を減らせるか」を考えるようになった。力技で押し切れない分、構造や仕組み、順序や前提を疑うしかなかった。これは根性論を否定したというより、根性に頼れなかったという方が正確だと思う。

根性がある人は、多少おかしなやり方でも押し通せてしまう。苦しくても我慢できるし、失敗しても精神力で立て直せる。だが根性のない人間はそうはいかない。無理な方法を選べば、すぐに限界が来る。だから最初から続けやすい道を探さざるを得ない。結果として、より合理的な選択をするようになる。

合理性というと、冷たいとか打算的だと思われがちだが、私にとってそれは生存戦略だった。頑張れない自分が生き延びるための創意工夫であり、続けるための試行錯誤だった。努力を否定したわけではない。ただ、努力の方向を間違えないようにしたかっただけだ。

面白いことに、合理性を優先するようになると、無駄な精神論から自由になっていく。「気合が足りない」「覚悟が甘い」といった言葉は、一時的には人を動かすかもしれないが、長期的には摩耗させる。合理的に整えられた環境や方法は、特別な覚悟がなくても人を前に進ませてくれる。

今振り返ると、私の「根性のなさ」は欠点ではなかった。むしろ、それがあったからこそ、無理を美徳としない視点を持てた。頑張らなくても回る仕組み、気合を入れなくても続く形、心身が壊れにくい生き方。そうしたものを探し続けてきた結果、合理性が自然と磨かれていったのだと思う。

根性がある人を否定するつもりはない。ただ、根性がない人間にも別の強みがあるという話だ。頑張れないからこそ考える。耐えられないからこそ工夫する。逃げ道を探した先に、結果として一番無駄のない道が見つかることもある。

根性がなかったおかげで、私は実戦武術の世界で長く生き残れている。合理性は、努力の代用品ではない。根性に頼らずに進むための、もう一つの力なのだと思っている。

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