感謝がないと生きづらい

50年生きた体感──単なる道徳的スローガンではない。これは本質を突いていると、私は思う。感謝とは、誰かに頭を下げるための礼儀作法ではない。もっと根源的な、「世界の見え方」を決めるレンズのようなものだろう。感謝が薄れていると、同じ出来事でも不都合ばかりが見え、人生がどんどん重く、息苦しくなっていく。逆に、感謝があると、困難を過剰に怖れず、日々の出来事の中に意味や救いを見いだしやすくなる。だから感謝は精神論ではなく、心の構造に深く関わる「生き抜く技術」なのだ。

感謝がないと、人はすぐに比較の世界へ迷い込む。隣の誰かの成功が自分の不足を照らし、他人の欠点が妙に気になり、満たされているはずなのに満足できなくなる。手にしているはずのものが、まるで存在しないかのように感じられ、常に足りない気分に支配される。その状態は、自分で自分を苦しめているのに近い。しかし感謝があると、今すでにあるものが「当たり前ではない尊いもの」として、静かに光り始める。他者との比較ではなく、自分の内側で完結した充足が立ち上がる。

感謝はまた、心を開き、他者との関係に柔らかさをもたらす。誰かに助けられたことを素直に受け取れる人は、自然と協力も支援も集まりやすい。反対に、「自分は損している」「もっと評価されるべきだ」という思いが強すぎると、人は周囲とうまく噛み合わず、孤立感が深まる。人間関係の摩擦の多くは、感謝の不足から生まれていると言っていい。感謝は人間関係の潤滑油ではなく、根本の「信頼の土台」そのものだ。

そして感謝は、自分自身を扱う態度にも影響する。自分の身体、自分の経験、自分の時間、自分の人生に対して感謝を持つ人は、自分の未来を大切に扱う。身体を無理させすぎず、心を荒らす環境を選ばず、本当に大事なものを優先できる。自己否定が強い人は、そもそも「自分に感謝」していない。だから自分の扱いが雑になり、人生そのものを粗末にしてしまう。自分に向ける感謝は、自己肯定よりも根源的な「自分を慈しむ感覚」を育てる。

結局のところ、感謝とは世界に対する態度であり、自分の心に余白を作る技術でもある。感謝があると、世界は温かい場所に変わり、自分の心は軽くなり、人との関係は穏やかになる。何ひとつ外側の条件が変わらなくても、感謝があるかどうかで生きやすさは劇的に変わる。だからこそ私は、感謝は人生のアクセサリーではなく、根底を支える「生きるための土台」だと思っている。心が固くなってきた時、苛立ちが増えてきた時、世界が敵のように感じる時、まず取り戻すべきは、技術や努力ではなく、静かな感謝の感覚なのかもしれない。

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