「ハイキュー‼︎」は美しき敗者たちの物語

2025-11-01 2025-11-01

ssakamoto

古舘春一氏による『ハイキュー‼︎』は、バレーボールに青春を懸ける高校生たちを描いたスポーツ漫画として、世界中のファンの心を掴んできた。この作品の魅力は、個性豊かなキャラクターたちや躍動感あふれる試合描写にあることは間違いない。しかし、この物語が真に特別である理由は、それが徹底的に「負ける者たち」に寄り添った物語だからだと思う。

スポーツ漫画の多くは、主人公チームの勝利と栄光を描く。もちろん『ハイキュー‼︎』においても、烏野高校バレー部の快進撃は物語の中心にある。だが、この作品が他と決定的に違うのは、敗者たちへの眼差しの温かさと深さにあると感じる。試合に負けたチームは物語から退場するのではなく、むしろそこから彼らの本当の物語が始まっている。

春高バレーでの青葉城西高校の敗北シーンは象徴的だ。及川徹というカリスマ的セッターを擁しながら、烏野に敗れた彼らの姿は、ただの「かませ犬」として消費されることはない。試合後に涙を流す三年生たちの姿、敗北を受け入れながらも前を向こうとする及川の表情は、勝者と同じだけ、いやそれ以上のページ数を割いて丁寧に描かれる。彼らの無念さ、悔しさ、それでもバレーボールを愛し続ける気持ちが、読者の胸を打つ。

音駒（ねこま）高校の孤爪（こづめ）研磨も、烏野との「ゴミ捨て場の決戦」の中でコートに倒れながら「楽しい」と笑顔を見せる。勝敗に無関心だった彼にとって、本当に大切なものは何だったかを、作品は静かに、しかし確かに伝える。白鳥沢学園の大エース牛島若利は、烏野に敗れた後も自分のバレーボール道を窮め続け、主人公たちの大きな目標であり続けた。

日本において勝者だけが価値を持つという単純な構図を否定した作品は既に多い。だが敗者たちもまたそれぞれの物語の主人公であり、彼らの努力や情熱が、勝者のそれと何ら変わらない価値を持つという描写が最も多いのは、この作品だと思う。試合後の握手のシーン、ロッカールームでの静かな涙、次の目標を見据える眼差し。こうした瞬間に注がれる作者の筆致は、バレーボール（人生）における勝ち負けを超えた本質を伝えている。

この作品が描くのは、「負けを糧にして成長する」という単純な教訓ではない。それよりも深い次元で、負けることの意味、それでもなお続けることの尊さ、そして敗北を経験した者だけが到達できる成熟が描かれている。良き敗者とは、負けを認められる者というだけでなく、敗北してもなお美しく輝く者のことだ。

『ハイキュー‼︎』の世界では、誰もが主人公になりうる。烏野の選手たちも、時には敗者となる。そして彼らもまた、その敗北から何かを学び、新たな一歩を踏み出す。この物語が多くの人々に愛されるのは、我々の人生が勝利だけで構成されているわけではないことを知っているからだ。むしろ人生の大部分は、何かに敗れ、それでも前を向いて歩き続けることで成り立っている。

古舘春一氏は、スポーツという勝敗が明確に分かれる世界を舞台にすることにより、勝敗を超えた普遍的な人間ドラマを紡ぐことに成功した。コートの上で全力を尽くすこと、仲間を信じること、自分の限界に挑戦すること。これらの価値は、勝っても負けても変わらない。『ハイキュー‼︎』は、そうした真実を我々に思い出させてくれる。この物語が「美しき敗者たちの物語」と感じた理由は、まさにそこにある。敗北を経験した全ての人々に尊厳と希望を与える物語として、『ハイキュー‼︎』は永く輝き続けるだろう。

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