人間関係における護身術
それは誰かを打ち負かすための技術ではない。自分の心と生活を守るための大人の知恵である。身体の護身術が「危険な距離に入らない」「不利な状況を作らない」ことを重視するように、人間関係における護身もまた、戦わずに済む位置取りを見極めることから始まる。
私は、自己愛性パーソナリティ障害の傾向を強く持つ人物から、嘘や誹謗中傷によって実際に大きな迷惑を被った経験がある。事実をねじ曲げられ、やってもいないことをやったことにされ、周囲には巧妙に被害者として振る舞われた。最初は「誤解だろう」「話せば分かるはずだ」と考え、誠実に対応しようとした。しかし結果的にそれは、相手にとって格好の餌を与える行為だったと後になって理解した。
こうしたタイプの人間の特徴は、真実そのものに関心がない点にある。彼らにとって重要なのは、事実ではなく、自分が優位に立てる物語だ。自分を守るためなら平然と嘘をつき、他人を悪者に仕立て上げる。そして、こちらが正論や証拠を積み上げるほど、彼らは感情的被害者としての演技を強め、周囲を巻き込んでいく。これは論争ではなく、構造的な罠だ。
私が痛感した最初の対策は、「分かってもらおう」とする努力を手放すことだった。理解を求める姿勢は健全な人間関係では美徳だが、相手が歪んだ自己像を守ることを最優先している場合、それは自分の首を差し出す行為になる。相手の内面を変えようとすることは、護身ではなく無防備な突進だ。
次に重要だったのは、感情を切り離すことだ。怒り、悔しさ、恐怖といった感情は自然なものだが、それを相手に見せれば見せるほど、彼らは「効いている」と確信し、攻撃をエスカレートさせる。私は、事務的で簡潔な対応に徹し、必要最低限以外の接触を断った。これは冷酷さではなく、距離を取るという防御姿勢である。
同時に、事実の記録を淡々と残すことも大きな助けになった。感情的な反論ではなく、日時や発言内容、具体的な経緯を記録することで、少なくとも自分自身が現実を見失わずに済んだ。自己愛的な人間の影響下に長く置かれると、「自分がおかしいのではないか」という感覚に陥りやすい。記録は、自分の正気を守るための盾になる。
もう一つ、非常に重要だと感じたのは、第三者の健全な視点を確保することだった。相手の息がかかっていない人、感情ではなく事実を見てくれる人と繋がっていることで、歪められた世界観に引きずり込まれずに済む。孤立は、こうした人物にとって最も都合の良い状況であり、護身術の観点から見れば最悪の配置だ。
最終的に私は、その人物との関係を完全に断つ選択をした。和解や理解ではなく、撤退である。証拠は全てこちらが握っているし、証人もたくさんいる。相手は孤立しているし、影響力もほぼゼロなので放っておけばよい。身体の護身術で言えば、刃物を持った相手から距離を取り、その場を離れるのと同じ判断だ。勝ち負けではなく、生き延びるための選択である。
人間関係における護身術で最も大切なのは、「人は必ず分かり合える」「誠実さは必ず報われる」という幻想を、状況に応じて手放す勇気だ。多くの場合、それらは真実だが、例外は確実に存在する。そしてその例外に対しては、理想論ではなく、現実的な防御が必要になる。
自分を守ることは、弱さではない。むしろ、自分の人生と心の健全さに責任を持つ行為だ。人間関係においても、無理に立ち向かわなくていい。危険を察知したら距離を取り、静かに身を引く。その判断ができることこそが、最も高度な護身術なのだと思う。
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