コスパ・タイパで心身は弱くなる
最近の世の中、「コスパ」とか「タイパ」が魔法の呪文のように使われている。(※コスパ=費用対効果、タイパ=時間対効果を意味する略語)コンビニで商品を選ぶときも、アプリをインストールするときも、デート相手を選ぶときですら「それ、コスパどう?」と問う風潮。まるで人生がコスパ計算機で、体験のすべてが「効率」で換算される株式銘柄か何かのようだ。
だが、ちょっと待ってほしい。効率的であればあるほど、我々は自由になるどころか、むしろ縮こまっていないだろうか?毎朝の散歩も「非効率」、じっくり煮込んだシチューも「タイパ悪すぎ」、数百ページの本を一文字ずつ味わうなんて「コスパ皆無」と言われる時代。結果、多くの人が3秒で心を動かされ、15秒で涙を流し、30秒で「もう飽きた」と言うようになってしまった。もはや情緒のコンビニ化である。
確かに、便利で早くて安いものはありがたい。私も「電子レンジ神か」と思ったことは何度もある。だが、心と身体はスマホのアプリではない。アップデートもワンタップでは済まないし、電池切れになったらモバイルバッテリーで復活しない。むしろ、人間というのは「手間」と「時間」をかけること(それが愛)で育つ面倒な生き物なのだ。
たとえば、山道をゆっくり歩いた日には、ふくらはぎが張ってくる。その違和感を感じながら風景を眺めていると、ふと心が静かになる瞬間がある。あの「静けさ」は、目的地を3分で攻略するツアーバスでは絶対に得られない。そしてあの張りは、検索して出てくるストレッチ動画では味わえない、「自分の身体との会話」そのものである。
それなのに、我々は何かといえば「もっと早く、もっと安く、もっと楽に」を求めてしまう。まるで世界がファストフード店で、感情すらもフリーズドライ。お湯をかければすぐに涙が出るかのような錯覚。ところが、そんな即席の感動は、すぐに賞味期限が切れてしまう。心に栄養を与えないものは、いくら手軽でも、満たされた気になっても、結局は心の飢えを満たしてはくれない。
コスパ重視のトレーニングをしていれば、腕は太くなっても、根性は細くなる。タイパ優先の人間関係を選び続ければ、LINEは賑やかでも、孤独は深くなる。エネルギーゼリーを吸って昼食を済ませれば、確かに「食事の時間」は短縮される。でも、噛むことを忘れた人は、人生の味もまた、うまく味わえなくなるのではないか。
人間には、無駄が必要だ。いや、無駄に見えるものが、実はいちばん大事なのだ。回り道、寄り道、失敗、挫折、二度手間。そういうものが心の筋トレになり、身体を調律し、人生の「うまみ調味料」となる。もちろん、全てをスローライフにせよとは言わない。だが、たまには効率計算機という電卓を脇に置き、「あえて遠回り」をしてみる勇気も持ってみてほしい。
そうしないと、気がつけば、筋肉はあっても神経はピリピリ、知識はあっても叡智はゼロ、忙しいのに何の達成感も充実もない。そんな「最適化された虚無」に突入してしまう。それが最もコスパの悪い人生だと思うのは、私だけだろうか。
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(武術気功健康教室|大阪府四條畷市)